出産レポート(長文)

6月15日に出産しましたが、分娩時間が35時間を超える難産でした。以下のその過程を記憶が薄れないうちに、書き留めておこうと思います。

6月13日(土)の夜、日付が14日(日)に変わる頃に、5分間隔で弱い痛みがあることに気がつき、「これが陣痛??」と思いつつ、電話した上で夫と一緒にタクシーで分娩を予約していた豊島産婦人科へ。
分娩監視装置で子宮の張り(収縮)をみたところ、まだかなり弱かったが、張り自体は規則的にきているので、とりあえず朝まで様子をみることに。
夫と一緒に病室に泊まり(豊島さんは全室個室で、付き添いの家族が泊まれるソファベッドがある)、「寝られるうちに寝て下さいね。出産にむけて体力温存しておかないと!」と助産師さんに言われたので、うつらうつらする。
しかし、朝になったら陣痛の間隔が不規則になり、痛みも弱くなってしまう!

夫は所用があって一度帰宅したので、入れ替わりに実母に来てもらう。
陣痛を取り戻す為には動くのが一番!ということで、院内の階段を上り下りしたり、豊島さんの近所を歩く。この間も陣痛が完全に消えてしまったわけではないので、痛みがくると立ち止まってやり過ごすことに。
夕方、夫が戻ってきて母と交代。分娩が済むまでは豊島さんでは食事は出ないので、二人で出前をとって病室で食べる。

夜になって陣痛が10分間隔の強い痛みになって戻ってくる。前夜に比べるとかなり痛いにも関わらず、助産師さんに「まだまだ弱い。これでは分娩につながらない。」と言われ、「こんなに痛いにのに分娩につながらないなんて、我慢できない!」と逆ギレして夫に八つ当たりする。
ほとんど寝られず陣痛に耐えたにもかかわらず、またしても朝になったら陣痛が弱まって、間隔も不規則なってしまう。
まだ出産までには時間がかかるだろうということで、夫には一度帰宅してもらい、また母と交代してもらう。

その後、先生に内診してもらい、「予定日を10日以上超過しているし、微弱陣痛が長く続くと母体にも胎児にも負担が大きいので、陣痛促進剤を使いませんか。」と言われ、そうしてもらうことにする。
私は水中出産を希望していたけれど(水中出産もできるというのが、この産院を選んだ理由の一つだった)、促進剤を使うと分娩監視装置を使わなければならない為に、水中出産はあきらめざる得ないと説明される。
もともと水中出産は、かなり順調に問題なくお産が進行した場合でないと難しいと聞いていたので、わりと簡単にあきらめがついた。

さらに「回旋異常的になっているので、場合によっては緊急帝王切開になるかもしれません」と先生と言われ、こっち方がショックが大きかった。
「こんなに長い微弱陣痛に耐えた末に帝王切開!?」
が、上手くすれば回旋異常は分娩の過程で直るかもしれないとのことで、とりあえず15日(月)の10時過ぎから陣痛促進剤(点滴)の投与を始めてもらう。
促進剤の効果は個人差が大きく、効かない場合もあると聞いていたので、その点が心配だったけれど、わりと早く効果が現れ、11時頃には「今までの陣痛は陣痛のうちにはいらなかった!」とわかるほど、強い陣痛がやってくる。
この頃、夫も戻ってきて、母と夫が立ち会うことに。

一応、事前に4回位、豊島さんで開催されるマタニティ・ヨガに通い、呼吸法(といっても単に腹式呼吸でゆっくり息を吐く練習)も学んでいたけど、「ゆっくり息を吐く」のが痛みの為に難しい。
しかも足が震えてしまって、どうにも止められない。
足の震えを止めるのは諦めて、なんとか呼吸だけでもゆっくり吐けるよう頑張ろうとするが、あまり上手くいかない。
ちなみに呼吸をゆっくり、というのは、痛みのあまり息を止めてしまうと、胎児に酸素がまわらなくなってしまうから。

助産師さんが陣痛を逃すために、バランスボールに乗ったり、分娩台の上で四つん這いになる、などの姿勢を色々提案してくれるので、言われるがままにあれこれ試す。
出産前の計画(バースプラン)では、「アクティブバース」という、陣痛の時に自分で色々な姿勢(四つん這い、坐位、横向き等々)を試して、楽な姿勢をとるというのをやろうと思っていたけれど、自分で色々考えて試す余裕なんてない!助産師さんに言われるがまま。
ちなみに豊島さんの分娩台はかなり大きくて、分娩台の上で色々な姿勢を試すことができる(そしてこの分娩台のマットがとても寝心地がいい!)。

マタニティ・ヨガの時に助産師さんから「皆さん、出産前には『アクティブバースをしたい』、『会陰切開はしたくない』とか色々バースプランを出されますけど、実際のお産の時は、そんな希望吹っ飛んじゃうことが多いですよ。」と言われたけど、まさにその通り…

そしてこの辺りから、夫が意外な働きをみせはじめ、分娩監視装置を見ながら「もうすぐ張りがくるよ!」「ゆっくり息を吐いて!」、「もう張りはおさまったから、ゆっくり深呼吸して!」と細かい指示を出すようになる。
こちらは痛みでもう何がなんだかわからなくなっているので、指示を頼りになんとかゆっくり呼吸しようと努めるのみ。
さらに助産師さんが夫にマッサージの部位と方法を教えて、マッサージもしてくれる(これは結構、効果があった)。

豊島さんでは立ち会う人向けの事前の講習とかは一切ないので、全部その場で本人の判断&助産師さんのアドバイスでやったこと。
夫いわく「あれは一種の危機管理だよ。本人がパニックになったら困るでしょ。」とこともなげに言っていた。
ちなみに出産後、助産師さんからは「立ち会い向きの旦那さんですねーなかなかあそこまでできる人はいませんよ。オロオロしたり、気分が悪くなったり、奥さんから『邪魔だから出てって』て言われる人もいますからね。」と言われた。
私も、夫は血を見るのは苦手と言っていて、本人も特に立ち会い希望でもなかったので、最後まで立ち会えるのかなぁ、と思っていたくらい。
私も絶対に立ち会って欲しいとは思ってなかったので(貴重な経験だから、どうせだから体験してみたら、程度のことを言っていた)、正直、あんなに役に立つとは思わなかった。

母はこの様子を見て、夫に任せておけば大丈夫と思ったらしく、ほとんど何もせず。
しかし、私が痛みのあまり「もう帝王切開でも何でもいいから、早く楽になりたい!」と言うと、「そんな…今まで頑張ったのに、なんでそんなこと言うの!」という妊婦にとってはたまったものではない事を言うし…

そんなこんなで破水し、今度はおなじみの仰向けの姿勢でいきむことになる。
それまでの陣痛の痛みに比べると、いきむ方が私にとっては楽で、助産師さんに指示されるまま、何度もいきむ。
あとで聞いた話だと、私が相当まいっているようだったので、ここでこんなにいきむことができたことが、周りでは驚きだったらしい(「よく頑張ったね」と先生や助産師さん、母達にも言われた)。

院長先生の内診の結果、回旋異常も修正されていて(四つん這いの姿勢で腰を回したのが効果があったらしい)、「これなら帝王切開ではなく、経膣分娩でいけるな!」ということに。
ただ、破水した時に羊水が濁っていることがわかり、あまり時間をかけられない状態にもなっていた。

そして最終的に吸引分娩で15日の14:25に出産。
13日に入院してから35時間を超える難産(母子手帳に書かれた分娩時間は2日目の14日の夜からカウントして22時間)。
最後の最後でもう少し頑張れば、吸引分娩ではなく自然分娩できたのかも、と出産した後は思ったけど、当時は「もう何でもいいから早く終わらせてくれ!」という感じ。

豊島さんでは、希望すれば胎盤も食べさせてくれるという体験談を聞いた(読んだ)ことがあったけど、それを言い出す気力はすでになく…
後産では、院長先生がものすごく丁寧に胎盤を扱っていたのを、母がしきりに感心していた。
ここで胎盤の扱いを誤ると、大量出血になるんだろうなぁ。

生まれた赤ん坊は、カンガルーケアというか、すぐに胸の上に乗せてもらい、一応初乳を含ませる(ほとんど儀式みたいなものだけど…)
びっくりしたのは、もう目がかなりぱっちり開いていて、視線が定まっているように見えたこと。

分娩後2時間は、分娩台の上で様子を見るのだけど、この間もずっと赤ん坊と一緒。この時に新生児模倣の実験をしたら、見事に模倣してくれた。そして新生児模倣をしてくれたのは、コレが最初で最後だった…(この後は、今現在までいくらやっても模倣してくれず)

そして昼食を食べそびれた夫は「お腹が空いた」と言いながら、分娩台のわきでおにぎりをほうばっていた(きっと立ち会いする旦那さん達の中には、食べ物も喉を通らない人もいるだろうに…)。

(確かこの2時間の間に)私は分娩中の出血が多く、通常のお産では200~300ml、500ml以上なら大量出血と言われのに、私の場合は800ml以上、出血があったと聞く。
実際、2時間たって病室に戻ろうと分娩台を下りたらフラフラで、車椅子で病室に戻る羽目に。
後で写真を見ると、この時の私の顔は驚くほど真っ白(苦笑)
その後、トイレに行く時も助産師さんに付き添われ、壁に手をついてそろそろ歩く、という有様だった。

しかし、豊島さんでは基本、輸血はしないので、私も輸血なし!入院中も鉄剤なども処方されなかった。
それでも出産翌日には一人では歩けるようになっているし、出産後1ヶ月もたってないのに今でも貧血とは無縁。
もともと私は赤血球が平均より多く、女性なのに400ml献血できる人なので、この大量出血を乗り切れたのかもしれない。


出産を経験して一番印象に残ったのは、陣痛の痛みは、あっけないほど簡単に忘れるというか、覚えていられない、痛みの感覚が後になると思い出せない、ということ。
きっと出産の痛みを覚えていられないような仕組みが、脳内にあるに違いない。
だってあの強烈な痛みをそのまま記憶していたら、出産(繁殖)に尻込みしてしまうもの。おそらく人間だけでなく、哺乳類全般にそういう仕組みがあるに違いない。

よく「女性は出産の痛みに耐えているのだから、それを思えばこのぐらい我慢できるでしょう!」という言説は、全く意味ない!だって覚えてないから!
そう考えると出産は、無痛分娩だろうが、帝王切開だろうが、どれでもいいだろうと思った。
ただ出産後の母体の回復を考えるなら、帝王切開よりは経膣分娩の方がベターだろうとは思うけど。

そして陣痛の痛みは、拷問とかケガとか、そういう外的要因で生じる痛みとは全く別ものだということ。
私は腱鞘炎の治療で脳内麻薬がガンガン出て、絶叫するぐらいの激痛を経験しているけど、それとは痛みの種類が全く違った。
どう違うかを説明するのは難しいけれど、陣痛は「与えられる痛み」ではなく、文字通り「自ら生み出す痛み」だと思った。
痛みの強さは、「陣痛>>腱鞘炎の治療の痛み」だとは思った。

それから私は出産前は、「夫の立ち会いなんて、どうせたいして役に立たないだろう」(自分の場合だけでなく、一般的に)と思っていたけれど、やりようによってはものすごく役に立つということが、よくわかった。
私の場合、夫の助けがあったから、最後まで体力を温存することができたのだと思う。それで最後に十分いきむことができたから、回旋異常も治って、帝王切開を免れたのかもしれない。
娘が大きくなったら、「あなたが生まれた時はお父さんも一緒に頑張ったんだよ」と言って聞かせようと思う。


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この記事へのコメント

岩田です
2009年07月07日 22:24
まあ、こんなに大変だったんですねえ。
でも、立会向きの、素晴らしい旦那さまだと新たな発見をされたわけで、将来は御嬢さんにも素敵なメッセージが言えていいですね~。
アオキ
2009年07月07日 22:32
そういう方面に肝の太い男性はなかなか少ないと思います。
そこでおにぎり食べられるというのは相当ですよ。
みやこんぶ
2009年07月08日 17:04
だんなさん、すばらしかったですね。
私は陣痛中に夫がずっとさすってくれて、ありがたかったです。

陣痛の痛み、覚えていないですか・・・。
私はトイレでとてもお腹が痛い時に、陣痛よりまだましだからがんばろうと思います。その時に陣痛が長時間続く痛みだということを思い出し、ぞっとします。
今も、早く生んで、陣痛の恐怖から早く開放されたいと思ってしまっています。
前回より、好きな体勢で生む分娩方法の病院ということで、少しは分娩台より楽なのでは・・・、と思っているのですが、どうなることやら。

とにかくスルッと短時間に生まれてほしいものです。

本当におつかれさまでした。
nouko
2009年07月09日 14:52
皆さん、コメントありがとうございます。
>岩田ですさん
意外な発見でした!立ち会いということ自体、見直すきっかけになりましたし。

>アオキさん
夫が撮った分娩の瞬間の写真も凄かったです…人には見せられませんが、私としては自分が見られなかったシーンを見られたので、よかったです(私が撮ってくれと頼んだわけではないですが)。

>みやこんぶさん
痛みを覚えてないというか、感覚が再現できないんです。
例えば、拷問とか暴行、事故で負ったケガの痛みとかって、PTSDなどなってしまうぐらい、強烈に記憶に残ると思うのです(あるいはケガを負った時の記憶が全て吹っ飛ぶか)。
分娩時の記憶はあるし、痛かったこと自体は覚えているけれど、具体的にどういう痛みだったのか、その感覚が思い出せないというか…
でも当然、個人差はあるんでしょうね。
私もみやこんぶさんの安産をお祈りしています!

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