マキアヴェリ 「君主論」

本当はもっと前に読んでおくべきであった、この本。
多分、この本に興味をもったきっかけは、ドゥ・ヴァールの「政治をするサル」に出てきた次の言葉。

「さて、貴族の支援を受けて君主の地位についた者と、民衆の支持を得て君主になった者を比べてみると、前者の方が、君位を維持する困難ははるかに大きい。その理由は、貴族の支持でできた君主には、まわりに、いずれも君主と対等だと思いこむ仲間が大勢取り巻くわけで、君主は気ままに命令したり、操ったりはできないのである。」(新訳 君主論 p59-60)

ドゥ・ヴァールはチンパンジーのオスの、群れの中での順位をめぐるかけひきを記述する中で、マキアヴェリのこの言葉を引用した。他のオスと連合を組んだだけのオスは長く地位を保てなくて、メス達の支持を得られたオスは長く第一位の地位を維持できたから(チンパンジーでは基本的に全てのオスは全てのメスより順位が上)。

最近、「マキアヴェリ的知性仮説」に関する訳書を読んだのをきっかけにずっーと気になっていた「君主論」をやっと読んだ。

この本はいい!
まず、論証の仕方がうまい。
「◯◯するために××しなければならない。なぜなら△△だから。しかし~という反論もあるだろう。だが~は…となるので、やはり××が最も適切な方策である」
説得力のある論証の仕方だよなぁ。

決して長文の著作ではないけど、名言は盛りだくさん。

「人間は恐れている人間より愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つける」(p99)
「人間は手にとって触れるよりも、目で見たことだけで判断してしまう」(p105)
「運命は、まだ抵抗力がついていないところで、猛威をふるうもの」(p144)

私が一番気にいったというか、印象に残ったのは次の言葉
「人が現実に生きているのと、人間がいかに生きるべきかというのとは、はなはだかけ離れている。」(p90)

まさに、自然主義の誤謬。「『人間がいかなる性質をもっているか』、ということから『人間はいかに生きるべきか』、を引き出そうとするのは間違っている」ということを私は思い浮かべてしまったけど、マキアヴェリの主張はちょっと違う。

「だから、人間がいかに生きるべきかを見て、現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は、自立するどころか、破滅を思い知らされるのが落ちである。なぜなら、なにごとについても善い行いをすると広言する人間は、よからぬ多数の人々のなかにあって、破滅せざるを得ない。したがって、自分の身を守ろうとする君主は、よくない人間にもなれることを、習い覚える必要がある。そして、この態度を必要に応じて使ったり、使わなかったりしなくてはならない。」

マキアヴェリは名君になるためには…という視点で語っているけど、本来、どんな人間にとっても必要なことだよな。「人間がいかに生きるべきかを見て、現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は、自立するどころか、破滅を思い知らされるのが落ちである。」

私は、進化心理学の必要性って、実際はココじゃないかと思う。
進化心理学者は一所懸命、「自然主義の誤謬」と言って、進化心理学が明らかにする「人間の本来の性質」と「いかに生きるべきか」は別だと主張する。
だけど、本当に必要とされているのは、「現に人が生きている現実の姿」を描き出すことで、人間が身を守り、自立するためにはどうすればいいのか、を考え出すことなんじゃないだろうか。
もちろん、「あるべき姿」は「本来の性質」に従う必要は全くない。おそらく今の人間にとっての「あるべき姿」と「本来の性質」は違う。その違いを埋める方法を私たちは考えなきゃいけないし、それをたすけるのが進化心理学の役目なんじゃないだろうか。

マキアヴェリがなぜ君主論を記したのかと、いえば彼は祖国に平和を欲していた。そのためには強力な君主が必要だと思った。
ちょっと拡大解釈かもしれないけど、マキアヴェリは「あるべき姿」を実現するために「本来の性質」をどのように生かし、宥めればいいのか、を考えていた、と言えなくもない?
「君主は、よくない人間にもなれることを、習い覚える必要がある。そして、この態度を必要に応じて使ったり、使わなかったりしなくてはならない。」

俗に「マキアヴェリ的」と言うと、目的の為に手段は選ばず、権謀術数を駆使する、という悪辣なイメージらしいけど、「君主論」をちゃんと読めば、彼の「目的」は「平和」だとわかる。マキアヴェリは(当時のイタリアで)民衆が幸せに暮らすためには、名君が必要だと思っていた。
「君主論」の解説によると、
「『君主論』の姉妹編ともいえる『ディスコルシ(論考)』のなかでは、歴史の流れをこう見ている。一つの国は勃興し、やがて凋落の道をたどる。その推移は、およそ君主政に始まり、それが僭主政へと変わり、ついで共和政から衆愚政治へと移行していく、と」

今の日本は…


おまけ
「もし、慎重に、忍耐づよく国を治める君主が、時代や状況の動きと政治がうまく合っていれば繁栄へと向かう。だが、時代も状況も変化してしまえば、衰微する。なぜなら、君主が行き方を変えないためである。(中略)その理由は、人間はもって生まれた性質に傾いて、そこから離れないからである。」(p145)

かなりこじつだけど、これって「進化論」にそのままあてはまるのでは?
「それまでの時代や状況にうまく合っていた生物が、、時代も状況も変化してしまえば、衰微する。
その理由は、生物はもって生まれた性質に傾いていて、そこから離れられないからである。」
「行き方を変えた生物」=「新たな時代、状況に適応した生物」?

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